interview
ベストを食せ!
味の素㈱社員が、アスリートたちの栄養サポートを行う「ビクトリープロジェクト®」。この「ビクトリートーク」は、プロジェクトメンバーと、彼らが担当する選手によるトークセッションです。毎回、選手それぞれのカラダづくりやトレーニング、食事や栄養のアドバイスなど、普段の生活にも応用できそうな内容を盛りだくさんでお届けします。「ビクトリープロジェクト®」として初めての試みでもある柔道へのサポート。阿部一二三選手とともにその食と栄養について、そして柔道というスポーツの魅力について迫りたいと思います。2020年12月のワンマッチに勝利し、去る4月の国際大会でも見事優勝を果たした阿部一二三選手(以下、一二三選手)。「今まで経験したことがないほどコンディションがいい」という、その理由とは?
Talk about...
決勝まで勝ち進むとすると、柔道の大会は1日5試合。その前日の夜に計量があるんです。
そして翌日の試合の1時間前までに、規定体重のプラス5%まで回復していいというルール。66㎏級の一二三選手なら69.3kgまではOK。その条件から「どうすれば有利に減量できるか」を考えました。
でも栗原さんとの最初の取り組みだった12月のワンマッチというのは、試合形式として異例。1日1試合。だったらいつも以上に爆発的なパワーが必要なのでは、と考えました。
実は僕も同じようなことを予想していたんです。組んだ瞬間、力感が上回った方が試合を有利に進められると。生き物としてどっちが元気で、どっちの質量が大きいかという。
それが栗原さんのいう「バケツ作戦」。
バケツという表現は、エネルギーを貯めることができる身体のキャパシティ。減量期に入ったら規定体重を上回る69㎏の大きなバケツを作る。そして筋肉を減らさないよう大きなバケツの状態のまま、最後に水を中心にサッと減らす。重要なのが計量後の回復。必要なエネルギーがしっかり詰まった状態のバケツに戻さなければならない。
もちろん味の素さんにサポートしていただく以前から、その考え方は理解していました。でも自分たちだけで取り組んでいたときは、そのやり方がうまくいくこともあれば、うまくいかないこともあった。確実に100%うまくいくかというと、そうではなかったんです。
一二三選手は、減量や栄養についてすでに十分な知識を持っていました。「ビクトリープロジェクト®️」としてはその知識を整理して、栄養補給や食生活の質をより高めていくサポートをすることが大事だと思ったんです。
例えばどういうタイミングでアミノ酸を摂取するか。今までは練習前、練習後のようなざっくりしたタイミングで摂取していましたが、栗原さんには「試合の何分前に何をとる」というように細かく教えてもらいました。そして実際、試合ですごく力が出て。「このやり方は自分の正解かもしれない」と感じました。
Talk about...
4月にトルコで行われた試合は久しぶりの国際大会。1日5試合ありましたが、終始落ち着いて戦うことができました。決勝での小内刈りは、頭が切れている証拠だったと思います。
試合を見ていて、小内刈りに入る直前のフェイントは「国内で練習していたのかな」と思いました。
あのフェイントはあの試合の瞬間にひらめいたんです。いけるんじゃないかと。
食事と補食、トータルで細かく栄養を入れ続けたので、身体とアタマが働くエネルギーがちゃんと残っていた。
激しい動きのなかでも冷静に考えることができました。それは、身体のなかに常に栄養がいきわたっていたからだと思います。実際1試合もバテなかった。「しんどいな」という試合が1つもなかったんです。
試合でも練習のときでも「きちんと食べられる」というのが一二三選手の有利な点。普段の食事は自炊ですか?
以前は母に作ってもらうこともありましたが、今はほぼ自炊です。普段から食事については結構気を付けています。いろいろ気づいたこともあって。
食事の内容によって何か変化を感じた?
練習でのパフォーマンスを比較すると、好きなものだけ食べているときよりも、バランスのとれた食事をしているときのほうがパフォーマンスがいいんですよ。
普段の食事について、僕はほとんど何も言いませんよね。困ったとき、悩んだときに連絡がくるんだろうなと思っています。
そう、わからないときに栗原さんという存在が頼りになるんです。1日1回は牛乳を飲んでカルシウムをとったほうがいい、とか教えてもらったり。食に関する知識は増えましたね。
ただ一二三選手が本来好きなのは、がっつり系なんですよね。
焼肉とか、ラーメンとか。甘いものも食べますし。
12月のワンマッチで、試合会場に行く前に「ドーナツ食べたいなあ」と一二三選手がつぶやきました。僕は「じゃあ買っておきます」と答えて別れた。会話とも言えない会話で、正直本人は覚えていないだろうとも思ったんです。でも控え室に帰ってきたら、喜びもそこそこに「ドーナツありますか?」って。ちゃんと用意しておいてよかった(笑)。
ずっと甘いものが食べたかったんですよ(笑)。
ドーナツの話は笑い話でもありますが、実は阿部一二三という柔道選手の特徴が表れている話でもあるように思います。自分が言ったこと、相手が言ったことが頭に残っている。先程の牛乳の話もそうで、アンテナが反応した情報はちゃんと自分のなかに残っているんですよね。
実はそこ、結構自覚あります。自分で大事だと思ったら基本的には忘れないんです。この食べ物にはどんな栄養がどれくらい含まれているかとか、最低限とらなければならない量とか。柔道や食事のこともそうなんですが、人の名前や会社の名前なんかもよく覚えていますね。
Talk about...
「ビクトリープロジェクト®️」でのサポートが始まってから、一二三選手とは食や栄養についてたくさんの話をしてきました。ここでぜひ柔道についても聞いてみたい。柔道選手として自分が優れていると思う点を教えていただけますか。
もともと一本を取りにいく力は持っていると思います。そしてサポートしていただいてからは、長時間バテずに戦える力がつきました。そして集中力ですね。最近、“心技体”が出来上がりつつあると感じています。
素晴らしいですね。いろんなパーツがあって出来上がる“心技体”だとは思うんですが、そこにほんの少しでも貢献できていることがうれしい。
もちろん完成の域に達したわけではありませんが、理想の形に近づきつつあるなと。
“心技体”の充実は柔道の強さが上がるだけではなく、柔道人生の達成度が上がる、ということなのかもしれません。先ほどの「一本を取りにいく力」というのは、腕力や筋力が強いということ?
いや、柔道の総合的な力だと思います。筋力だったら海外の選手の方が強いと思いますし。
なるほど。筋力や持久力も含めた総合力が一本につながるんですね。
自分はバテずにパワーとスピードをずっと維持できる。あとは……技そのものの威力でしょうか。一発の技の威力は誰にも負けない自信があります。
オリンピックがほかの大会と違うのは、誰もが最初から全力でくること。これまで「ビクトリープロジェクト®️」として日本代表選手団をサポートしてきた実感から、そう思います。ですから一二三選手の一発の威力と持久力は相当な武器になるはず。最初から全力で、100%の力でいけるというのは、オリンピックという舞台においてきわめて有利なんです。
Talk about...
そもそもなぜ柔道を始めたのですか?
テレビを見てかっこいいと思ったんです。何の試合だったか全然覚えていないんですが……6歳のとき。小学校に上がる前でした。
お父様の勧めだと思っていました。道場に通うことになってどうでしたか。
怖かった、というのが第一印象。回りは年上の人たちばかりで、みんな身体が大きかったので。
妹の詩選手は柔道を始めてすぐに「面白そうだ」と思ったそうです。ご兄妹でずいぶん印象が違ったんですね。
詩は僕についてずっと道場で遊んでいましたからね。いざ入門するときも慣れていたんだと思います。
このコロナ禍で、柔道に対して何か変化したことがありましたら教えてください。
いろいろ考えさせられたというか……より柔道と向き合えたかなと。昨年12月のワンマッチまでの期間にさらに強くなれた、成長できたと確信しています。
ワンマッチという形式もコロナ禍だからこそで、経験しようにもそうはできない。「ビクトリープロジェクト®️」としても、一二三選手、詩選手をサポートすることでいい経験を積ませてもらっています。妹の詩さんのことを、柔道選手としてはどう思っていますか?
21歳という若さにもかかわらず丁寧に“考えている”選手。柔道のことはもちろん、こういう取材やCMなどの仕事についても。あれだけ考えながらも強く戦えるのは、精神面もタフなんだなと思います。
一二三選手、詩選手の兄妹は最強ですが、僕に言わせれば本当に最強なのは阿部家です。
えっ、うちですか?(笑)
お元気なお父様と一生懸命なお母様、私自身お会いしたことはありませんが弟・妹の活躍を見守るお兄様、そして一二三選手と詩選手を見れば、ご両親の愛情がたっぷりと注がれているのがわかる。僕たちはあくまでサポートですが、僭越ながら「阿部家の夢」をともに達成したいと思っています。
ありがとうございます。まずは東京2020オリンピックで金メダルをとります。
そのあとは?
そのあとは前人未到のオリンピック4連覇……ですか?(笑)。もちろん東京で兄妹で優勝したいですし、そのほかにもいろんな目標はあります。でも実は、東京2020オリンピックで密かに楽しみにしていることがあって。それは“コンディション”なんです。
自分のコンディションがどう仕上がるか、とうことですか?
12月(のワンマッチ)は過去にないほどの、最高のコンディションでした。4月(の国際大会)は12月よりもさらに良いコンディションでした。だったら、東京2020オリンピックではさらにその上をいきたいなと。つまり“最高以上”のコンディションが経験できるのではないかと、自分自身ですごく期待しているんです。
Profile
1997年、兵庫県神戸市生まれ。中学校2年生の時に全国中学校柔道大会55kg級で優勝。3年生の時には60kg級に出場してオール一本勝ちで2階級制覇。高校1年生、2年生で全日本カデを2連覇。高校2年生時のインターハイでは6試合すべて一本勝ちで優勝。ユースオリンピックでもオール一本勝ちで優勝し、9月の全日本ジュニアでも優勝。11月の講道館杯では、10年ぶり4人目となる高校生での優勝を果たした。12月のグランドスラム東京大会では、男子では史上最年少となる17歳3カ月でグランドスラム大会を制覇。高校3年生でJOCからネクストシンボルアスリートに選ばれる。高校3年生時のインターハイでも、2年生時と同じく6試合すべてを一本勝ちして2連覇を飾った。その後日本体育大学に進学し、2017年、2018年世界選手権にて金メダルを獲得し2連覇を達成。2020年4月よりパーク24株式会社所属。
柔道という競技は階級別に分かれ、選手は多かれ少なかれ減量を行います。では具体的にいつ、どのように体重を計るのか。一二三選手へのヒアリングはそこから始まりました。